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感情の暴走 [雑談]

先日、大いに反省する機会があった。

この記事を読んでのことだ。

森達也さんによるもので、あるテレビ番組での死刑制度の反対に対する意見に、多くの非難が寄せられたこと、そして、それらの多くは非難というよりも罵倒に近いということを取り上げ、


「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と書いた人に訊きたい・・・


と切り返している。


ここではそのコラムの詳細には触れない。興味のある人は上のリンク先から読んでほしい。


さて、私自身、死刑制度についてどう考えてうるかと言うと、賛成だ。いや、事件によっては「死刑なんぞ生ぬるい!もっと重い罰を!!」とすら考えたりする。例えば(上のコラムでも取り上げられているが)光市の母子殺害事件。あれなどを見ると、被害者や遺族(ご主人)に感情移入してしまい、もう、犯人が憎くて憎くて憎くて・・・。


そんな感情を抱えたまま、そう、死刑廃止などということを主張する番組なんて見たら、

「自分の子どもを殺されても同じことを言えるのか!この畜生めっ!!」と叫びたくなるだろう。それは森達也さんの言う、非難というよりは罵倒といった類の書き込みをしてしまうかもしれない。

いや、それどころではおさまらない。

「ええい、こんな馬鹿な(死刑廃止などという)発言をする輩には、殺人者の群れの中に放ってやろう。ご希望どおり、お前の女房や子どもも一緒だ。さぁ楽しみだ。どうとにでもなりやがれ」

なんてつぶやいたりするかもしれない。


しかし、だ。
なぜ私の感情は、こうも激しく揺り動かされているのだろう?

例えばだ。
よく映画や小説やドラマなんかで冤罪ものがあるが、それを見ているときには冤罪者(犯罪者)を軽々しく非難する人々に嫌悪感を感じる。


私は別に、光市の事件に、冤罪の可能性があると考えているわけではない。


ただ、私は気がついてしまったのだ。
自分が一面からしか物事を見られないということを。
そして、いとも簡単に、私の感情は激しく動かされてしまうのだということを。


そのコラムを読んで私が思ったことを羅列する。


・感情は一時的に激しく燃え上がる。理性的なものとは反対のものだ。

・様々な可能性を考えると、裁判は感情と切り離して行われるべきである。

・法律も、感情と切り離して作られ、判断されるべきである

・であるなら、「自分の子どもが被害にあったら」なんて人は法律や裁判に関わるべきではない(悲しいが)

・そして判決、判断においても、感情は切り離して考えるべきである



私は、感情というものは、とても大切なものだと思っている。

だから、感情を押し込めたり、無視したりということは、よくないことだと考えている。

しかし、感情のままに己が左右され操られるのも、それはそれで違うと思う。

つまり・・・感情を受け止めるというのは、非常に重要なことだと考える。

感情を受け止める、とは何か。

自分がなぜ悲しいと思うのか、怒っているのか、悔しいと感じているのか、そういったことを受け止める、つまりは向き合うということが重要だと思うのだ。



ところで、このブログでも何度も紹介している「魔王 (講談社文庫)」という小説に、次のようなセリフが出てきた・・・と思う。
魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)

  • 作者: 伊坂 幸太郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2008/09/12
  • メディア: 文庫



-ふだん親切でもない人が、国のため、日本のためと言っても信用できない(意訳趙訳。手元になく思い出せないゆえ)


私は同じようなことを、非難というより罵倒ともいうべき私の感情高まった発言に、思ってしまったのである。

また、こうも思う。


あの犯罪者に対しては限りなく残酷になれるような私は、本当に、“被害者の身”になって考えられるような、優しい人間なのだろうか?

そんな優しさから発現した思いなのか?スタートは、もっと別のところにあったのではないか?

私は、正体もわからぬ何かに、感情を、怒りや憎しみという負の感情を焚き付けられていただけではないか?あの怒りや憎しみは、“被害者の身”になって考えたから現われたのではなく、もっと別のところから発生しているのではないか?ある意味、暴走だ。


きっと、被害者の身になって考えられる人、本当に優しい人というのは、被害者だけでなく、犯罪者に対しても、それなりに、何かしらの優しさを当てられるような人なんじゃないかと思う。
もちろん、その人が被害者の身内でなく、第三者である場合の話だ。当事者ではないからこそ、の話だ。


私は、もし当事者(被害者、あるいはその身内、関係者)であったらならば、犯人を許すことはできないだろう。しかし、許すことの可能性は、残しておきたいと考える。
そして、これから先、残酷な事件でもあれば、これまでと同じように、怒り、不愉快になるだろう。そんな時、死刑廃止などという発言を聞けば、不快に思うだろう。しかし・・・。


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徹底的に考えろ [これから日本の話をしよう!]

立教大学総長の吉岡氏の言葉が印象に残る。

卒業生の皆さんへ

「大学の存在根拠とはなにか。一言で言えばそれは、「考えること」ではないかと思います。」


しかしながら大学の信頼や信用が失墜している。以前から、そして震災以降は、よりいっそう。
考える機関として期待されなくなった大学の現状に危機感を感じつつ、更にこう続ける。


「また、このような変化の背景に、そもそも「考える」ことの社会的意味を否定するような気分が醸成されてはいないか、という点にも注意しなければなりません。反知性主義が力を得るための条件は東日本大震災以後いっそう強まってきていると思われるからです。」


同意だ。

しかし、大学だけに考えることを任せるのでなく、私たち一人ひとりがもっと考えていかなくてはいけない。


改めて昨日の言葉を思い出す。

「おまえ達のやっていることは検索であって、思索ではない」
独創と、検索と思索


考えろ、考えろマクガイバー。
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提案!「安心トレード」 [雑談]

震災1年を経ても、福島の原発に関連する問題は収まるどころか紛糾している。

原発容認派と反対派の溝は開くばかり。議論に歩み寄りは見られない。


瓦礫処理が進まなかったり、いわれなき中傷などが今だに続き、諸外国からも「日本の絆は色あせた」とまで言われる始末。残念で仕方ない。


最近では、ロジカルにモノを考えられる人々を中心に、今まで言われてきた放射能の被害は、大きく見積もられていたのではないかとの声が聞こえ始めた。原発周辺の特定の地域以外であれば、同じ福島県内でも問題ないという。つまりは心配しすぎという話だ。過剰な不安を騒ぎ立てる輩がいて、それを問題だと思う気持ちは、私にもわかる。


しかし、一方で、放射能に対する警戒心がなかなか解けないという人々の気持ちもわかるのだ。ネット上には色々な情報があるし、これまでの政府・業界・メディアの人たちの誠意のない経緯を見れば、簡単に信用する気にはなれないだろう。最近では放射能に対する不安を口にした途端、放射“脳”と言われかねない雰囲気もある。それはどうだろうか。


そこで私、いいこと(解決策)を思いついた。


先日の東北ツアーに続いて提案第2弾!


名づけて「安心トレード」!!


1.まずは、福島周辺で、放射能について心配している人に手を上げてもらう。

2.その他の地域で、放射能についてまったく心配していない人に手を上げてもらう
  (学者、評論家、コラムニスト、コンサルタントなど)

3.上記1と2の住まいを交換する


離れた安全な場所に生活し、たま~に気が向いたときに小旅行よろしく福島に足を運ぶくらいで「安全」を叫んでも「安心」は得られません。都会の好立地に住まう彼らの住居と福島の割安な住居をトレードすれば、1の人たちの多くをフォローし、2の人たちは今まで以上に広い住居が得られます。


加えて、官公庁や国の政治機能も移転しましょう。で、それにより空いた都内の土地を上記1の人々に提供するか、或いは売っぱらって得た費用を復興に役立てましょう。


そうすれば安全をアピールできます。
何てったって日本を代表する偉い人やお金持ち、権威ある有名人が自発的に福島に住むのですから。


そして並行して、電力会社の本社や支社の機能を各地の原発の周辺に移転しましょう。もちろん役員等幹部をはじめとして、その他の多くの社員も原発の周辺に住みます。


原発に関連するメーカーや、原発・放射能について研究する機関や研究室、各マスメディア、原発推進を提言するビジネス界の各社も、原発周辺に立地しましょう。さすれば何かあったときにすぐに対処ができますし・・・いやいや、そもそも安全なのですから。

こうすれば、割と原子力発電所の稼動にも理解が得られやすくなるのではないでしょうか?


もちろん移転する各社には電力を安くするというメリットが必要だと思います。
逆に、立地する自治体には補助金などは出さない。その代わりに、原発立地を不安視する人々は、彼ら(電力会社やその他企業)がそもそも立地していた地域に移転してもらう。


こういう動きが活発になり、彼らが原発周辺で生き生きと生活している様子が見られれば、心配するのなんてアホらしくなりますよ。


私は引越しするのが嫌なので、今住んでいるところから動きませんが・・・。


以上は性格の悪い私の皮肉なのですが、本気で安全性をアピールしたいのであれば、例えばフリーランスで活躍する評論家やコラムニストなどであれば、住んで見せてアピールするのが一番だと思う。
タグ:原発
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独創と、検索と思索 [雑談]

昔、とある先輩に言われた言葉。


独自性とは、模倣して模倣して模倣しつくした末に滲み出る、それである-。



この言葉は、私が基礎をないがしろにし、独創的なものをつくろうとばかり苦心していた時にたしなめられた言葉である。基礎が薄いばかりに、私は奇をてらってばかりいる、軽いものになっていた。


このブログ記事を書き始めた段階では、ここから先は泉佐野市の市名売却問題に入り込み、更には地名にまつわる話に発展させようと考えていたのだが、気が変わった。



思い出した言葉がある。


伊坂幸太郎さんの、「魔王 (講談社文庫)」にでてきた言葉だ。


おまえ達のやっていることは検索であって、思索ではない-。

魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)

  • 作者: 伊坂 幸太郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2008/09/12
  • メディア: 文庫



この言葉はカリスマ的な人気を持つ政治家が、国民に憲法改正を問う。ムードに流され、圧倒的な支持を受ける中、その政治家がテレビで発言したときに出る言葉だ。「私を信用するな。よく、考えろ。そして、選択しろ。おまえ達のやっていることは検索であって、思索ではない」。


その政治家は別の場面ではこんなことも言っている。彼を間違っていると批判し、襲ってきた者に対し、お前の考えを言ってみろと言い、こう続ける。


「もし万が一、おまえの考えが、そこらのインターネットで得た知識や評論家の物言いの焼き増しだったら、俺は、おまえに幻滅する。おまえは、おまえが誰かのパクリではないことを証明しろ」


あれは多分、内田樹さんだったと思うが、「難しい問題に対する答えを、はっきりと断定する物言いがあったとしたら、それはどこかのパクリだと思う」というようなことを言っていたような、言っていなかったような・・・。


知識を仕入れるのはいい。しかし、それを自分の考えにするのには長い時間がかかる。ネットは便利だ。知りたいことをすぐに教えてくれる。しかし、その分、その解に対して考える時間が失われる。


誰かが言っていた。「自分の意見を持つには、最低1000冊読まなければならない」。なるほどと思い、では1000冊読もうと思った私は、やはり自分の意見を持っていなかったに違いない。


咀嚼し咀嚼し咀嚼したうえで滲み出る他者との違いが、自分の独創なのだろう。
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東北ツアー [雑談]

日本への観光客が減っているとか。


リカバリーマーケティングと言うのでしょうか、呼び戻さないとね。


しかし、同じ日本人ですら汚染がどうのと回避する人がいるのに、外国の人が安心して来るだろうか?


なので、ここはひとつ、開き直ってしまったらどうか。


名づけて「日本の地震体験ツアー」。


外国人、とくにヨーロッパでは地震が少なく、地震をぜひ体験してみたいというニーズはそれなりにあると聞く。ならば、東日本大震災以降、地震の活発化している日本の、本場の地震を体験させてやろうじゃないか。


「君の勇気を見せてみろ」。この言葉ひとつでヒーロー好きなアメリカ人のハートを掴めちゃうかもしれない。

ご一行様には、いざ日本滞在中に巨大地震にあった時、ボランティア要員としても活躍してもらう。


「運がよければ、適度な地震を体験できるかもよ?もし仮に、滞在中に大きな震災にあったら、そのときは救助活動要員として活躍してもらう!大丈夫、そのためのノウハウも伝授する」


スケジュールは次のとおりだ。


初日・・・池袋防災館で震度6以上の地震を体験してもらう。ついでに災害救助の訓練も受けてもらう。

2日目・・・いよいよ東北へ。とりあえず平泉やら遠野やらで、東北の歴史を学んでもらう。

3日目・・・被災地へ。ボランティア参加。

4日目・・・被災地2日目。ボランティア参加。

5日目・・・青森のキリストの墓を参拝


とりあえず、来てもらわにゃ始まらん。

私的には2日目がキーポイントだ。私は東北が好きだ。ぜひ外国の方にも知ってもらいたい。東北の歴史とその良さと、そして我々はここで問題もなく暮らしているのだと言うことを。


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政府は必ず嘘をつく・・・かもしれないし。 [雑談]

う~ん・・・しっくりこない。


政府は必ず嘘をつく・・・。なんだかなぁ。私の中の何かが、こう断定することを邪魔する。別に政府が嘘をつかないと思っているわけではなく、むしろ嘘をつくものだと確信しているのだが、こうして「政府は必ず嘘をつく」と断定して書くのに抵抗感を感じる。


そうだな。


こう言えば、すっきりする。


「政府は必ず嘘をつく・・・かもしれない」


日本語として矛盾している上に読んでいる方はすっきりしないだろうが、私はすっきりする。


もっと言えば、こう書くとよりすっきりする。


「政府は必ず嘘をつく・・・くらいに思っていたほうがいいよ。ああ、でもそんなに神経質になるなよ。人は嘘をつくものだからさ、政府だけが嘘をつかないなんて思わないほうがいいってことさ。嘘をつかないのなんて聖人くらいだよ?あそこ(政府)に、聖人がいるなんて信じられるか?だろ?特に、奴ら(政治家とか官僚)は、それなりに頭が良かったり、色々な人が直訴しにきたり頼ってきたり、権益が周囲にまとわりついている俗人だぜ?そんな奴らが真っ白に綺麗な事例なんて、未だかつてあったか?だからさ、つまりはそういうことだ」


うん、すっきり!私だけ。
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嘘を1つ2つ混ぜるとどうなるか [雑談]

ここで何度か紹介している「政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること 角川SSC新書」だが、実のところ、正直言うと、あまり著者のことが好きになれない。

だから著者のベストセラーで高評価の「ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)」も読んだことがない。彼女について読んだのはこの「政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること 角川SSC新書」のみだけである。基本的に、彼女の書く本の内容、方向性やテーマがあまり好きではない。彼女の周辺にいる人(本)も同様である。


なので書店に並んでいるのは以前から気がついていたが、ずっと素通りしていた。目次すら見なかった。しかし手をとったのは、リビアや「アラブの春」について書かれている本だ、という情報を入手したからである。そう、この昨年あたりから起こっていた北アフリカ・中東での異変は、ずっと気になっていたのだ。


まぁ、それは置いておこう。


本書の前半は主に3.11以降の原発問題を中心としている。政府がいかに嘘をついていたか、情報をかくしていたか、そのような事が書かれている。そう書く割に、著者は著者で裏づけや実証が少ないのではないかと思うのだが、確かにあの時、政府が情報をオープンにしなかったのは事実だと思う。そこから生まれた不信感、原発ムラという閉鎖的な集団のこれまでの不誠実さがあらわになったことが、今にいたる必要以上の原発への拒絶反応の源になっていると思う。


本書ではアメリカ国内での教育改革(落ちこぼれ0法案の失敗)やウォール街デモ、中東に関する日本や西欧では報道されない事実などが展開されていく。


私が非常に怖いと思ったのは、ウォール街(格差)デモに関しての記述だ。ウォール街のデモにしろ、中東のデモにしろ、ここに、この集団の意志とは異なるヒトと金が入り込んでいる。そして、うまくコントロールされてしまっている。


信頼というのは、よく言われることだが、築くのは非常に難しいが崩壊するのは一瞬である。


或いは、10個の真実の中に、嘘を1つ2つ混ぜれば、途端に信頼性は損なわれていく。伊坂幸太郎さんの「モダンタイムス(上) (講談社文庫)」では、ネット上で、あらぬ中傷をばら撒かれた人がでてくる。その人を救うためにはどうしたらいいか。
同じような中傷をばら撒くのだ。明らかに嘘とわかるような極端な中傷を、たくさん流す。それを見ている人は、次第に馬鹿らしくなってくる。


伊坂氏の小説では逆パターンのことが行われたのだが、しかし、格差デモに対して似たような介入があったのではないか、とそう思わされる。もしかしたら原発問題にもあるのかもしれない。


ともかく、「政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること 角川SSC新書」の内容をどこまで鵜呑みにしていいのかはわからない。下手をするとくだらない陰謀論を助長しかねないし、そういったものはあまり好きでない。しかし本書の内容が私たちにとって重要な指摘であることは違いないと思う。
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お前の名前と、魂を売るのか? [これから日本の話をしよう!]

財政難にあえぐ大阪府泉佐野市が、市の名前を売るという・・・まさしく売名行為!!



・・・じゃなくて(何人が同じことを言ったのだろう?)、ネーミングライツ(命名権)の導入を検討しているというもので、まだ検討段階。おそらく市民の反対で実現しないでしょう。そりゃそうだ。泉佐野市民は、そんなに馬鹿じゃないでしょう。期待していますよ!?


ネーミングライツとは、市の名称に企業名や商品名をかぶせること。スタジアムなどでは聞いたことがあるが、市の名称というから驚きだ。


コーポラティズムという言葉をご存知だろうか?
政府の経済政策に企業や労働組合を参加させるというもの。
私はこの言葉、まったく知らなかったのだが、この本を読んで知った。

政府は必ず嘘をつく  アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること  角川SSC新書

政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること 角川SSC新書

  • 作者: 堤 未果
  • 出版社/メーカー: 角川マガジンズ(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2012/02/10
  • メディア: 新書



本書を読むと、私たちがいかに脚色されたニュースを与えられているのか、それがわかる。ウォール街の格差反対デモ「99%VS1%」の意味がようやくわかったし、私たちがIAEAやWHO、IMFなどの国際機関に対して抱いているイメージが幻想に過ぎないことも教えられた。リビアやシリア、中東に関するニュースも、今後は見方が変わってくる。
3.11の震災とそれに続く原発事故。そのときの原子力ムラを中心に繰り広げられた違和感だらけの対応を、すでに私たちは(私だけか?)忘れかけていたのだと実感できる。

著者の言うことを100%信じるわけでなく、「あなたの言うことも、ちゃんと裏づけが提示されていないじゃないか」と感じるところはあるのだが、本書を読むことで、流されてくるニュースの裏を読む、という意識は相当高まるはずだ。


と話は脱線してしまったが、市の名称を企業に売るなんて、まったく考えられない。今はいい。しかし、例えば早送りをするように未来へとコマを進めると、そこには企業が市政に大きな影響力を持つ歪んだ構図が育っているはずだ。

名前の持つ意味を何と考えているのだろう。

そのうち個々人の名前まで売られるんじゃないか。と書いたところで思い出した。そんな小説があった。これだ。

鼻 (角川ホラー文庫)

鼻 (角川ホラー文庫)

  • 作者: 曽根 圭介
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2007/11
  • メディア: 文庫



日本ホラー小説賞をとった短編集なのだが、そのなかに「暴落」という話がある。

証券市場では企業の株が毎日売り買いされ、値段が変動しているが、その株価が企業ではなく人につけられた世界が書かれている。いい友人を持っていると株価があがるし(提携)、悪い行いをすると株価が下がる(不祥事)。いい相手と結婚すると株価があがる(合併)。主人公は原因不明の、自分の株価下落に悩まされるのだが、それがやがてタイトル通り「暴落」へと繋がり・・・。

この世界のなかで、名前を売ってしまう男の話があった。わざと名前を呼ばれるところ(病院など)に行き、名前を読んでもらうのだ。

馬鹿馬鹿しい。
小説自体はとても面白いが、そう、馬鹿馬鹿しいお話だ。名前を売るなんて。


名前と言うのは、誇りを持つべきものだ。仮に現状誇りをもてなかったとしても、誇りを持てるという希望がなければ駄目だ。


くだんの男は、名前ばかりでなく、やがて体(臓器とか)も売ることになる。


馬鹿馬鹿しい話だ。名前だけでなく身体も売るなんて。魂も売るのだろうか?


泉佐野市さん。そういう話ですよ?
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変化・劣化 [雑談]

私、この1~2年ほど社会の外(?)におりましたので、若干ではありますが、浦島太郎状態です。


戻ってきて(?)、まず感じた印象は、「何やら色々のものが劣化したな・・・」ということ。ところで“劣化”という言葉を、最近では人に当てはめて言う事がありますね。「●●という女優の劣化がひどい」というような・・・。意味としては老けたとかそういう意味かなと推測していますが、これは酷い表現だ。最初にこの言葉を人に当てつけた人は、相当の意地悪ですね。


なんて言いながら、私の言う「劣化」も、人に対してのものだったりします。外見ではなく、内面ですが。

例えば、最近何人かの企業人と会ったのですが、以前とくらべて雑になっているのを感じます。配慮が薄れモノを直に言う人が増えたし、丁寧さや気遣いというのが感じにくくなってきている。

オレンジ色のオレンジジュースを飲んでも、汗としてでてくる水滴は無色なわけで、汗を見るだけでその素材がオレンジであるとわかるはずもありません。なので、彼らの内面でどのような変化があったのかもわかりません。ただ、何となく余裕のなさを感じる。


劣化といえば、街の外観についても感じる。
駅前に並ぶのは同じようなチェーン店、消費者金融、パチンコばっかり。どこも似たようなものだ。

なんて無責任に書いてしまっていますが、よくよく考えてみると、わずか1~2年でたくさんの人が大きく変わるはずもなく、その変化は以前から続いていたものなのでしょう。少し離れていたため、その微妙な違いに気がついたというところでしょうか。いや、もっともまったくの勘違いなんてこともあるのでしょうが。

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政府は嘘をつくものです。 [これから日本の話をしよう!]

歴史関係の本などを見ていると、歴史とはまさに「勝てば官軍、負ければ賊軍」のとおりだということを痛感することがある。


戦後の日本は戦前を否定したし、明治(維新)政府は江戸幕府を否定する。
勝者は自らに都合のいい情報しか出さない。でないと、自らの正当性が疑われるからだ。


そう考えると、少し前の河村市長の南京大虐殺発言。あれは日本にとって分の悪い問題だ。日本は敗戦国、つまり負けた賊軍だし、中国は勝者、官軍の側だ。日本の友好国であるアメリカは当時の官軍の長なので、日本のかたを持てば自らの行いを否定することになる。だからアメリカは、特に戦前の歴史が絡む日中問題に関しては、首を突っ込まないようにするはずだ。


勝てば官軍・・・勝者は情報をコントロールできる。
いま、世界の覇者は誰か。


言うまでもなくアメリカだ。

だとしたら、彼らの行動にたいして、私たちはもう少し注意深く見る必要があるかもしれない。そう思わされたきっかけが、本書だ。

政府は必ず嘘をつく  アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること  角川SSC新書

政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること 角川SSC新書

  • 作者: 堤 未果
  • 出版社/メーカー: 角川マガジンズ(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2012/02/10
  • メディア: 新書



昨年あたりに起こった北アメリカ・中東あたりの民主化運動「アラブの春」に、何となく違和感を感じた人は多いのではないか。しかしその違和感は日々流されてくるニュース映像のなかに飲み込まれ、消えてしまう。あの時感じた違和感は、昨年の某てろグループのリーダーが殺害された作戦(他国に無断で乗り込んだ)のときも感じた。


どちらが正しいか、ということではない。
ただ、もしかしたら都合の良すぎる情報のみ、我々は見せられていないか?
ということだ。


この本を読むと、格差デモや中東デモに対する認識、見方が変わる。

本書は冒頭にて、歴史学者ハワード・ジンの言葉を引用する。


「政府は嘘をつくものです。ですから歴史は、偽りを理解し、政府が言うことを鵜呑みにせず
判断するためにあるのです」


政府とは何か。
特定の誰かではない。それはいっこの生き物ですらないのかもしれない。


これから日本は節目に突入する。まったくのカン、個人的な予測だが、きっとそうなるだろう。「勝てば官軍・・・」を、至近距離で見る機会があるかもしれない。
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