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給与の決まり方と、価値の決まり方 [読書]

何気なく手にとった本だが、「
僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか? (星海社新書)
」が面白かった。

僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか? (星海社新書)

僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか? (星海社新書)

  • 作者: 木暮 太一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/04/26
  • メディア: 新書


タイトルを見たときは、てっきり自己啓発的な、自分探し的な本かと思ったが、そうではない。

給料の仕組みと、働き方についての考え方、を説明している本だった。


給料の仕組みと言うと、私はよく先輩に「自分の給料の3倍稼げ」的なことを言われた覚えがある。

また、知人友人などから「自分は会社にこれだけ貢献している。その割には待遇が悪く、役立たずの上司ばかりが優遇されている。理不尽だ」的な愚痴をよく聞いた覚えがある。


本書は言う。

「成果主義といったところで、例えば成果を2倍にしても、給料は2倍にならないでしょ?」

と言う。

「給料が決まる仕組みは、成果じゃないんだ。それは必要経費と、価値できまるんだよ」

そうなのか・・・。

これだけ書いたところで、おそらく意味は通じないだろう。
しかし、本書を読めば、その意図するところは納得できる。


私達は間違った選択をし、間違った方向に努力をしている。故にいわゆるラットレースから抜け出せない。苦しい苦しいレッドオーシャンの食い合いだ。


必要経費と価値。
この2つを最大化する働き方を選択することで、この非常で無意味な競争から抜け出そうと本書は言う。もっと違う生き方をしようぜ、と。


その方法が正しいのかどうなのかは分からない。
が、例えばその働き方というのは、「好きなことを仕事にする」ことでも「仕事をエンジョイする」ことでもなく、フォーカスすべきは「興味を持てる」ということだというのは、自分に当てはめてみて納得できる。


また積み重ねにならない仕事、なる仕事という区分けも、分かっているようで分かっていない人は多いと思う。頑張る方向性を間違え、時間と労力を無駄にしてしまうことはよくあることだ。



また給与の決まり方、つまり必要経費と価値という部分については、そのままマーケティングや会社そのものにも当てはまると思う。

価値には、使用価値と価値の2種類を本書では示している。私は今、とあるプロジェクト(というほど大層なものではないが)を検討しているのだが、使用価値ばかりに目が行き、価値の部分を軽視していたことに気がついた。
危ないところだった。会社の価値が低くなれば商品の価値も低下し、ひるがえって私達の給料にも影響、すなわち私達の価値も低くなるかもしれない。


就職する人、転職を考えている人、猛烈に働いていてふと立ち止まってみた人・・・おすすめである。

ま、機会があれば、ご一読を。

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人生の幸せと影との戦い [これから日本の話をしよう!]

ひとは誰しも、自分のなかに影を抱えている。

妬み、嫉み、恨み、怒り、憎しみ、といった負の感情から、物欲、金銭欲、性欲といった欲望を身にまとう、もう一人の自分。

影に負けた瞬間は自分自身に負けた瞬間でもあり、その時を境に、人生が急転することもあるだろう。


晩節を汚す人も多い。経営者、政治家といったリーダー的存在から、町の普通のじいさんばあざんまで、これは高齢化が進んだためか、そういったニュースもよく目にする。また、いとも簡単に感情を爆発させる人も多い。


例えば60歳までが幸せだったとしても、61歳に不幸に落ち、そこで死んだとすると、それは幸せな人生だったといえるだろうか?
いや、年齢は関係ない。去年まで幸せだったとして、今年から不幸になったとしたら。裏切られ、誤解され、虐げられ、精神の肉体に苦痛を受け、そして死ぬ瞬間に、どう思うだろう?

幸せな人生だったと・・・
言えないだろうなぁ。

人生が幸せだったかどうかは、最後に振り返るときに思うものだから。



原発問題で我々を恐怖のどん底に陥れたのは、放射性物質を体内に蓄積してしまうかもしれないという恐怖だった。

体に悪いものが体内に入り、蓄積されてしまうと、当然体に害をなす。

病気になったりするのは非常に怖い。


しかしながら、体内に蓄積し体に害をなすのは、食品だけとは限らない。

視覚や聴覚を通して入り込んでくる情報や、知識といったものも、蓄積するうちに我々を汚染することがある。いや、外から入り込んでくるばかりとも限らない。内々で芽生え、悪い感情を制止できずに育ててしまう場合もあると思う。


そうして育ってしまった影は、やがて我々に取って代わろうと挑んでくる。

「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。

おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ」

善悪の彼岸 (岩波文庫)

善悪の彼岸 (岩波文庫)

  • 作者: ニーチェ
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1970/04/16
  • メディア: 文庫



影が好む、負の情報は体に入れないように気をつけるべきだ。

あるいは、影が好む、負の言葉はできるだけ口に出さないべきだ。


世界に共通するたいていの物語で、影と戦う状況に追い込まれた者は、自分で影を招いてしまっている。

一線は越えないべきだ。たとえ誰も見ていなくても、仮に自分の心のうちだけだとしても。扉は閉めておくのが用心だ。


超訳 ニーチェの言葉

超訳 ニーチェの言葉

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2010/01/12
  • メディア: 単行本



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あなたの家の下は、かつて古墳だったかもしれない [雑談]


京都の宇津久志古墳(5世紀)から、1~4世紀の間に帝政ローマの職人によって作られたとみられるガラス玉3点が発見されたという。

古墳に一緒に入れちゃうくらいの貴重品だったのでしょうね。

しかし、残っていて良かった。


古墳というのは結構消滅しちゃうものだから・・・。
畑にされちゃったり、良質な盛り土を持ってかれちゃったり、近年では土地開発にともないマンションや住宅地や道路になっちゃったり・・・。

関東にも多いんですよ、古墳は。
もちろん都内にもあるし。

もしかしたら、あなたの家の下はお墓だったのかもよ?



それにしても。

運よく消滅しなかったとしても、盗掘される危険も高かったわけで、残っていたのは奇跡に近いと思う。

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グリーン経済とダーウィンの悪夢 [雑談]



ブラジルで環境サミットなるものが開かれている。リオ+20というやつだ。グリーン経済というものを提唱していて、そのグリーン経済とは何かと言うと、

<化石燃料から太陽光などの再生可能エネルギーへ転換し、生態系を守りながら農業を営むなど新しい経済の在り方>
だそうです。

その、リオ+20が提唱する「グリーン経済」に対し、各地域の先住民達が反対を表明しているという。

先住民達は、<グリーン経済は自然を「ドル化」し、共同体が持つ権利を剥奪する「人道に対する罪」だと糾弾した>。



ちょっと、意味が分からない。

どゆこと?


開発、開発、とされるより、グリーン経済のほうがいいんじゃないの??


だって、グリーン経済って、
<化石燃料から太陽光などの再生可能エネルギーへ転換し、生態系を守りながら農業を営むなど新しい経済の在り方>
なんでしょ?


つまりは、彼ら先住民が焦点としている問題は、環境ではなくて自分達の権利が侵される、という部分なのか・・・。

それは、そうなのかもしれない。
先住民からしたら、勝手に土地を侵略しにきて、空気を、土を、水を汚して金儲けしたやつらが、「ああ、やっぱこのままじゃいけないよね」とか言いながら、「これからはエコだよ。土地がいっぱい余ってんだから、その土地使って農業やら再生エネルギーやらで、環境に配慮しながら儲けようぜ」と言っているように見えるわけだ。

多分。

だとしたら、ずいぶんと馬鹿にされた話だよな。

「おいおいおい、そこは本来、オレ達の土地だよ。なに勝手に決めてんだよ」というところだろう。
まさにコーポラティズムなり。


環境に配慮する。

先住民族を尊重する。


この2つを守ろうとすると、結局は経済成長を諦めるのが一番だ。

しかし、それは衰退を意味する。
そうすると、当然反論がわく。
いわく、

・いきなり便利な生活をやめられるのか?
・電気も水道もない生活に戻れるわけないだろう?
・ただでさえ老人が増えるのに、どうやって国民を養うんだ
・病気や貧困で死ぬやつだって増えるぞ
・世界中で人口が増えるんだ。食糧も資源も足りなくなる。その時に、どうやって自分達のパイを確保するんだ


やめられない。
きっと。
この便利な生活は。


脱原発か、再稼動かの問題のときも思ったけれど、我々にはもはや、選択肢はないのかもしれない。

そんなことを考えながら思い出したのは、「ダーウィンの悪夢」だ。


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淡水湖では世界第2位(*)の大きさを誇るヴィクトリア湖。
そこは、生物多様性の宝庫であることから「ダーウィンの箱庭」と呼ばれていた。


その湖に、今から半世紀ほど前、ささいな試みから、新しい生き物が放たれた。


この大食で肉食の外来魚ナイルパーチは、もともと生息していた魚の多くを駆逐しながら、どんどんと増え、状況は一変。湖畔の町にはナイルパーチの一大魚産業が誕生し、周辺地域の経済は潤う。

しかし、一方では、悪夢のような悲劇が生み出されていった。

新しい経済が生み落とす貧困、売春、エイズ、ストリートチルドレン、ドラッグ、湖の環境悪化……。まるでドミノ倒しのように連鎖する。さらには、ナイルパーチを積みにやってくる飛行機がアフリカへ運んでくるものにも驚くべき疑惑が……。

ナイルパーチは日本にも輸出されている魚だ。強大な資本主義が世界を覆いつくそうとする今、本作で情け容赦なく暴かれていく悪夢のグローバリゼーションは、決して遠い世界の出来事ではない。

http://www.bitters.co.jp/darwin/

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ダーウィンの悪夢 デラックス版 [DVD]

ダーウィンの悪夢 デラックス版 [DVD]

  • 出版社/メーカー: ジェネオン エンタテインメント
  • メディア: DVD



ダーウィンの悪夢は、グローバリゼーションの縮図かもしれない。

環境問題も、原発問題も、世界中で巻き起こった格差デモも、泉佐野市の馬鹿な市名売却案も、通底する問題なんじゃなかろか。


見事、富と平和の経済発展というスパイラルに巻き込まれている私達にとって、この渦から逃れる術も勇気もない。

先住民と世界中の動植物と地球にとって良いことか悪いことか分からないが、グリーン経済自体も、具体的な施策や目標が先送りされている現状がある。経済発展を優先させたい側にとって、グリーン経済は開発の邪魔になるからだ。
・リオ+20:途上国、環境より成長 グリーン経済に不信


ここは発想を変えるべきかもしれない。
ルールはゼロサムゲームだけじゃない。アクセルの緩急をつけることくらいなら、我々にだってできるのではないか、と。
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盗まれた街と絶滅の危機 [雑談]

先日のブログでは、“良心をもたない人々”、サイコパスの恐怖について書いたが、ちょっとウダウダと、余計な上に過剰なことを書いた気がする。

・人類を狙う、捕食者の正体

まぁ今更仕方ない。

それにしても、もしこの地球上で、人間にそっくりなんだけれど決して相容れない生物が紛れ込んでいたとしたら・・・我々はどうなるのだろうか?


よくSFの設定などである、宇宙人が地球人に入れ替わる・・・的なやつである。


まず思い出すのが、「盗まれた街 (ハヤカワ文庫SF フ 2-2)」である。

盗まれた街 (ハヤカワ文庫SF フ 2-2)

盗まれた街 (ハヤカワ文庫SF フ 2-2)

  • 作者: ジャック・フィニイ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2007/09/20
  • メディア: 文庫



あらすじを引用しよう。

<アメリカ西海岸沿いの小都市サンタ・マイラで、奇妙な現象が蔓延しつつあった。夫が妻を妻でないといい、子が親を、友人が友人を偽物だと思いはじめる。はじめ心理学者は、時おり発生するマス・ヒステリー現象と考えていた。だがある日、開業医のマイルズは友人の家で奇怪な物体を見せられた。それは人間そっくりに変貌しつつある謎の生命体―宇宙からの侵略者の姿だったのだ!>

これは怖い。
この小説はSFの古典ともいえ、何度も映画化されている名作である!!

・・・とか言いながら、実は私、この作品を読んだことがない。少し前にこれを原作とした映画があり、興味を引かれてアマゾンでレビューを読んで初めて知った次第であり、しかしその後時間もなく読めず、今まで忘れてしまっていたのだ。

しかし、昨日のブログを書くに至り、ふと、思い出したのだ。
この小説の設定を。

ちなみに私が本書を知るきっかけとなった映画は、二コール・キッドマン主演の、「インベージョン 特別版 [DVD]」という作品である。何でも、原作4度目の映画化だそうだ。
インベージョン 特別版 [DVD]

インベージョン 特別版 [DVD]

  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
  • メディア: DVD


この映画のあらすじを引用しよう。

<地球外からやってきた謎の生命体。それは眠っている間に人間の習性を変異させ、次々と魂のないレプリカントを生み出していく。ワシントンD.C.の精神科医キャロル・べネル(二コール・キッドマン)と同僚のベン・ドリスコル(ダニエル・クレイグ)は、原因をいち早く究明しウイルス拡大の阻止に乗り出す。生き残る術はただ一つ、決して眠らないこと。誰一人信用できない悪夢のような状況の中、二人はウイルスの侵攻を食い止めることができるのだろうか!?>

原作と映画と、内容が完全に一致するのかはわからない。
にしても、眠っている間に人間の修正を変異させるなんて、怖いじゃないか。


<次々と魂のないレプリカントを生み出していく>って、魂のないというのは、つまり、感情がないってことだろう?こんなのに囲まれてしまったら、そして、そちらのほうが多数になってしまったら、なんて恐ろしい世界なんだ。

自分が少数派になったとき、普通でないのは自分の方、ということになるのだろうか。異常なのは、異質なのは、自分―。

そう考えると恐ろしい。


昨日のブログでも書いたが、“良心をもたない人間が増えている”という状況は、文化的背景があるかもしれない。

良心をもたない人たち―25人に1人という恐怖

例えばだが、今でこそ父親は育児に参加し、イクメンだとか呼ばれる風潮も出てきたが、このイクメン世代の子どもに対する感情と、以前の感情は明らかに異なる。
・・・ように感じる。

我々の時代にある生活のゆとりがそうさせるのか、それとも感情や倫理観は発達もしくは変化するものなのかわからない。
あるいは、質的な変化なのか、量的な変化なのかもわからない。


が、確実に変化している。
・・・と思う。


子どもに対してだけでない。
ペットに対しての感情も同じではないか?


こういった“もの”は、文化的背景によって変わるのだろうか?

であれば、この先はどうなるのか!?


個人主義とコーポラティズムの行き過ぎが、次の新しい文化的背景を生み出し、それが我々の精神に影響を与える、ということが起こらないだろうか?


ジェネレーションギャップだなんて言えていた時代が懐かしい、なんて事になったら、恐ろしいね。

そういえば、人類はこれまで何度も“進化”してきた。
北京原人やネアンデルタール人はそれなりの文化的要素も持っていたが、人間とは異なる。アジア人と黒人、というような違いではない。もっと大きな開きがある。彼らと極めて近い距離で生活していた時代もあり、交配した可能性もあるという。

しかし、彼らは絶滅し、人類が残った。


もし仮に新たな進化があったとして、きっとその場合、どちらかの人類は滅びるだろう。いや、新化したほうは、人類とは異なるのかもしれない。

その進化のきっかけは、ウイルスなのか宇宙人なのか、気候変動なのか、自然発生的なのか、文化的影響なのかはわからないが、いつかは来るのだろう。

ああ、なんだか「盗まれた街」が気になってきた。本で読もうか、映画を借りようか。たいていの場合、原作に勝るものはないのだが、どうだろう?
盗まれた街 (ハヤカワ文庫SF フ 2-2)

盗まれた街 (ハヤカワ文庫SF フ 2-2)

  • 作者: ジャック・フィニイ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2007/09/20
  • メディア: 文庫



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人類を狙う、捕食者の正体 [これから日本の話をしよう!]

ちょっと気になる事件が多い。

・交際中の女性に爪はぎ強要…28歳男、再逮捕

・生活保護費の不正受給額倍増、6億円超…埼玉

・「その場のノリ」で集団暴行、少女や無職男ら11人逮捕 京都府警

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)」がベストセラーになり、芸能人のモラルを問う話題がニュースになるということは、社会的な決まりごとや道徳、良心というものが改めて注目されたということだと思う。

しかし、それにしても、世の中のモラルが前進しているようには思えない。


家庭内暴力、DV、児童虐待、不正受給問題、様々な場面で共通しているのは無責任さだ。


良心をもたない人たち―25人に1人という恐怖」という本をご存知だろうか?

以前、このブログでも紹介したことがある。
・秩序は簡単に崩壊する、ほら、あちこちで。

アメリカのカウンセラーが書いた本で、簡単にいうと、世の中には“良心をもたない人”というのが、かなりの割合でいるという話だ。


ちょっと、すとーっぷ!

良心をもたないと聞いて、どんな人間をイメージしただろうか?おそらくそれは、外れてはいないが、正しくもないと思う。

良心をもたない状況を、良心をもっている人間は、想像することが難しい。

例えば、次のストーリーを読んでみてもらいたい。


「あなたは今日、大事な出張の予定がある。これがうまくいけば、出世は間違いなしだ。反対に、失敗すれば、あなたの立場はかなり悪くなる。

準備万端で空港に向かい、時間ギリギリで到着しそうだ。

そこで、あなたは大事なことを思い出した。

愛犬のエサと水の用意を忘れてきたのだ。

出張は、泊りがけだ。

犬は、いったいどれだけ飲まず食わずで平気なものか、よくわからない。

あなたは一人暮らしだ。誰かに世話を頼めればいいけれど、あいにく頼りになりそうな人物は思い浮かばない。

さあ、どうする?」


愛犬にエサと水を与えるためには、自分が戻るしか方法はない。かといって、放っておいて、犬がどうなるのか(無事かもしれない)もわからない。

以上の話は本書で出されていたもの(私のうろ覚えの記憶)で、良心のない人を考える上で、1つの参考になる。


本書では、良心のない人の特徴を次のようにあげていた。(あくまで私の主観でピックアップしている点、よろしくどうぞ)


・平気で嘘をつく。周囲の人は、彼らのことをほとんど見抜けない

・いい人を演じる。周囲から見て、魅力的な人にうつることがある。

・支配したがる。お金、物、時間、相手の行動、相手の感情、相手の人格


彼らには、普通の人々と同じで、能力の高い人もいれば能力の低い人もいる。
一国の独裁者やグローバル企業のリーダーになる人もいれば、幼稚でチンケな犯罪を繰り返してばかりの人もいる。


暴力を行使する人もいれば、暴力を行使しない人もいる。
殺人や傷害事件を起こす人もいれば、暴力は一切使わないが他人に寄生するだけの(例えば働かずに過ごしたり)人もいる。


・同僚や上司を蹴落として昇進するビジネスマン

・配偶者や家族、兄弟姉妹を支配する夫

・友人や後輩を罠にはめて傷つける人

・自分は働かず、恋人に寄生しているうえ、恋人を罵倒・中傷する

・優しい言葉をかけたり、泣いたりして許しを請うが、まったく反省していない人


彼らを見た目で判別できない。紛れ込んで、私達の日常のすぐそばにいる。


彼らは、人類にとっての捕食者だ。


彼らを見分けるのは無理だと思ったほうがいい。
見分けることができたとしても、周囲の人は信じてくれないだろう。

本書で例にだされた人々は、みな、孤独な戦いを強いられる。というか、戦う方法なんてないということがわかる。彼らの多くはやがて自滅するので、そのときまで逃げるしかない。自分を守るのは、彼らとかかわらない事だ。


では、そんな怖い人ってのは、どのくらいいるのだろうか。

なんとアメリカでは、人口の4%もいるのだそうだ。

25人に1人である。

学校でいえば、1クラスに1人だ。


この本、じつは今、定価では手に入らないと思う。
アマゾンやその他で見ても、もう中古しか流通していない。非常に残念だ。

はっきりいって、この本はお勧めだ。中古でも、値段が高騰するまえに買っておくことをお勧めする。それだけの価値のある本だ(再販されたらor流通していたらゴメン)。
(ちなみに、アマゾンでは現在、中古で3000円前後。定価の倍だなぁ)

良心をもたない人たち―25人に1人という恐怖

良心をもたない人たち―25人に1人という恐怖

  • 作者: マーサ スタウト
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2006/01
  • メディア: 単行本


良心をもたない人たち―25人に1人という恐怖

表紙に騙されるな。鋭く、いい本だぞ!?

ちなみに、出版社提供の立ち読みはこちらだ。
・〔立ち読みコーナー〕良心をもたない人たち──25人に1人という恐怖(草思社)

さて、なぜ私がこの本をお勧めしているのかというと、冒頭の事件の話にもどる。
さいきん、日本全体で“良心の欠如”が見られるのではないか、と思うからだ。

もちろん、昭和30年代のほうが残酷な事件が多かったのは知っている。しかし、最近の事件というのは、見た目のグロテスクさとは別に、モラル、良心的なものが薄くなってしまっているように感じるのだ。

かつてあった、村社会というのは、そういう意味で言うと非常に優れたシステムだったと思う。勝手な行動ばかりをとると、村から排除されるからだ。江戸時代なども、主君押し込めというような形で、独断専行型のリーダーは、良くも悪くも動きを封じられた。
集団主義っぽくて息が詰まるが、しかし良い面もある。

本書でもイヌイットの話がでてくる。
イヌイットの集団でも、昔から“良心のない人”サイコパスがいたらしい。男達が狩にでている間、嘘をついて集落に残り、複数の女性に手を出す。そういった人間は直らないことを知っていたので、彼らはやがて抹殺されることになる。


日本国内の説話のなかに、お地蔵さんが好き勝手をする話がある。詳しく書くのもアレだが、お地蔵さんが夜な夜な不埒な事件を起こすのだ。そこで村人たちはどうしたかと言うと、こらしめるのである。ふんじばって。

米国では4%といわれるサイコパスだが、実は、日本や東アジアでは、その割合がかなり低いらしい。台湾の事例では、0.1%前後だった。著者は、文化的な要因が大きいのではないかと考える。

サイコパシーは遺伝的な要素も考えられるが、文化的な要素も大きい。個人主義、一人がちを英雄視する風潮のある欧米では、彼らは一定の割合で生き残り、紛れ込みやすい。かたや集団主義的な儒教文化圏では、彼らのような人間は排除されるか、行動を正す様に周囲の圧力がかかる。故に紛れ込みにくいし、変な行動にもでにくい。


ところが最近、である。

公助はサービス業化したお役所が処理するので、周囲の目はとどかない。個人の自由という主張により、権利ばかりを要求しやすい風潮も出来てきている。

もし、サイコパスというものが、文化的な風土によるところが大きいのであれば、いよいよ我が日本も“良心をもたない人間”大量発生の時期を迎えているのかもしれない。

90年代に行われたアメリカの調査によると、若者のなかに占めるサイコパスの割合が、15年で2倍に増えたという。

我々日本では、どうだろうか!?


アメリカでは昨年、格差デモが頻繁に開かれた。これはそういった風潮の揺り戻しかもしれない。
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恐怖のうちに死ぬバッタと、呪いや怨念の化学反応についての考察 [雑談]



興味深い。
記事を引用しよう。

<実験ではまず、バッタだけを入れた籠とバッタとクモを一緒に入れ(中略)バッタが実際に食べられてしまうことを防ぐため、クモの口はのりを使ってふさぎ、バッタには純粋な恐怖のみを感じさせた。

 バッタが死んだ後、Hawlena氏はその死骸を研究室に持ち帰り詳しく分析した。すると、恐怖を与えられたバッタの体の窒素に対する炭素の割合が、安らかに死んだバッタと比べて4%増加していることを発見した。

 また、このわずかな違いが原因で、恐怖を感じたバッタの死骸を入れた土壌では、落ち葉など植物性有機物の分解速度が大幅に遅くなることが確認された。 

 Hawlena氏は、干ばつや酷暑によるストレスでも恐怖と同様の効果が生まれ、土壌成分が変化して農作物の収量や植物の成長サイクルに永続的な影響を与える可能性があると指摘している。>


恐怖のうちに死したバッタが、土壌に悪影響を及ぼすとは!!

これから先は、私の与太話と思ってもらいたい。

与太話の意味が分からない人のために説明すると、与太話とは「でまかせの、つまらない話」という意味。与太という言葉自体が「愚かで役に立たないこと」、「いいかげんなこと」、「でたらめなこと」であり、与太郎という名前になれば、落語によく登場する愚か者、失敗ばかりする人、というキャラ設定になっていたりする。


すでにこの時点で与太話もいいところだが、とにかくこの先、さらに与太話である。


私は常々、幽霊や呪いというのは、それ自体はないが現象としてはあるのではないか、と思っていた。

幽霊が本当にいるわけではない。しかし、幽霊らしきものがみえてしまう現象はあるのではないか、ということだ。

呪いも、よくイメージされるような恨みによって呪いをかける、ということではなくて、しかし実際には呪いといってもいいような現象は起きてしまっている、と思っている。

例えば、ある一族では、過去の呪いにより代々当主が早死にしていたとしよう。しかし実際は、呪いではなくて、遺伝的な疾患が原因で早死にしていたとする。しかし、これ自体が呪いの結果じゃないか、と言われたら言い返す言葉もない。原因は不明だ。


上の例とは関係ないが、「眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎」という本に出てくる一族は、中年にさしかかると眠れなくなり、やがて衰弱し、眠れないことに苦しんで死んでしまう。これはプリオンが原因の遺伝的な病(狂牛病もプリオン病だ)であることがわかるが、大変珍しいこの奇病、日本にも存在するらしい。

本書ではその奇病の原因を追い求めていくと、80万年前の人類による食人行為に行き着く。ちなみに、我々日本人には狂牛病(プリオン病)にかかりやすい特異な遺伝的特徴があるらしく、詳しく知りたい人は本書をあたってほしい。
眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎

  • 作者: ダニエル T.マックス
  • 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
  • 発売日: 2007/12/12
  • メディア: 単行本



こういったように、表面から見ると、まるで呪われていると受け取られてしまうような病というのがある。

らい病(ハンセン病)はかつて前世の悪行の報いだとされ、差別されてきた歴史がある。前世の悪行などといってしまったら、これは呪い的なもの以外の何ものでもないではないか。
ちなみに、現在では感染症として治療法も確立している。


墓石としてよく使われる花崗岩には磁気が含まれていて、そのために墓地周辺では心霊現象と思われるようなものが見れるのではないか、というのを聞いたことがある。


つまり何が言いたいのかと言うと、
幽霊やら呪いやら心霊現象やら怨念やら、というのは、
私達の目に見えない、細菌やらウイルスやらプリオンやら遺伝子やら磁力やら電波やらウランやら放射性物質やら化学物質やらニコチンやらが影響しているのではないか、ということだ。


この話を友人にしたところ、

「ああ、俺も中学生か高校生くらいのときに、そんなことを想像したことがあるよ。誰でも一度は考えるよな。で、それが何か?」

と返されてしまったが、きっとこれは馬鹿にされていたのだろう。



ともかく、冒頭の記事にあるように、恐怖を感じたバッタの死骸は、土壌や植物に何らかの影響を与える化学変化(?)を起こしているわけだ。

バッタがそうであるのなら、もしかしたら、他の生物にも同じようなことが起こっているかもしれない。


処刑される人間。

飢えで苦しんだ人間。


そういった歴史は、怨念という化学反応を起こし、我々の目の前に不可思議な影響を及ぼしているのかもしれない。

私は、そうした土地のひとつが、忌み地なのではないかと思うのでア~ル。
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今の日本 [雑談]

日本人の得意なところを投げ捨てて、

相手の得意なところを見せ付けられてスゴイスゴイと感心し、

相手の土俵に乗せられて、

相手の作ったルールで勝負をさせられる。



それが今の日本だにゃっ!
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夜の国のクーパーを読む③「戦うということは、そういうことだ」 [これから日本の話をしよう!]

引き続き、「夜の国のクーパー」について。今回は私なりのアプローチ、感想です。
若干、ネタバレしますのでご注意を。

夜の国のクーパー

夜の国のクーパー

  • 作者: 伊坂 幸太郎
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2012/05/30
  • メディア: 単行本


私の場合、伊坂さんの小説がとても好きなので、読書して普通に楽しむこと以外に、「もしかしたら、これって?」と自分なりに積極的に解釈して、想像して、妄想して楽しむようにしている。

というわけで、今回も積極的に解釈して楽しむことにした。

これは、私の妄想の読書記である。


さて、物語というものは、普段自分の頭では考えないような事、日常生活では味わえない突飛な事、楽しい状況悲しい気持ち恐ろしい現実というものを想像させてくれる。

人は寝ている間に夢を見る。
恐ろしい夢を見ることがある。あれは、実際に恐ろしい事実が起こったときのための“予行練習”なのだと、何かで読んだ覚えがある。事前に想定していれば、覚悟がしやすい。

物語にもそういった“予行練習”的な側面もあるし、また、考えるきっかけも与えてくれるわけでもある。

夜の国のクーパーは、戦争にかんする物語だった。


戦争に負けるということは、どういうことなのか-。


最近はだいぶ“空気”が変わってきたように感じるが、10年か15年くらい前までは、国防についてこんなことを言う人が少なからずいた。「日本は自衛隊も軍隊も持つ必要はない。他国が侵略してくることはあり得ないし、仮に攻め込んできたとしても、日本は平和憲法をつらぬき、いっさいの暴力を行わないべきだ。それこそが、平和憲法を世界に広めることが日本の役割であり、そして、それこそが唯一の抑止である」。

素晴らしい考え方だ。ノーガード戦法というやつで、いわば、留守にするさいも家の鍵をかけないと豪語するのに似ている。


ノーガード戦法であれば、他国の侵略は受けないものなのだろうか?
残念ながら、そうとは限らないと私は思う。ノーガード先方は、そのほかの高度でしたたかな外交戦略とセットで初めて有効なのであって、それ単独では単なる不用心なだけだ。

私たちは、戦争に負けるかもしれない。
戦争には色々な種類がある。

政治的なものだったり、文化的なものだったり、経済的なものだったり。

行使の方法も、色々な種類がある。

軍事的なものだったり、スポーツや芸能娯楽だったり、企業買収や資本参加、土地買い占めだったり。


そして、それでは、「戦争に負けるということは、どういうことなのか」?


それは、どんなことでも起こりえる、ということだ。

私たちはひどく蹂躙されるかもしれないし、洗脳されるかもしれない。
暴力を振るわれるかもしれないし、暴力は振るわれないが搾取されるかもしれない。ひどく搾取する方法もあれば、搾取されていると気づかないように搾取されることもありえる。

全ては征服者の意向次第だ。

太平洋戦争後のアメリカのやり方は上手だったと思う。
有名なものに、3S政策というものがある。
愚民政策のひとつで、大衆の関心を政治に向けさせない戦略だ。3SのSは、スクリーン、スポーツ、セックスの頭文字をとっている。エンターテイメントで愉しませて、夢中にさせて、ガス抜きもさせて、難しくて面倒なことは考えないようにしましょうよ、という弱体化政策だ。

事実で意図的なものなのかどうなのか、実際のところは、私はわからない。

しかし3S政策なるものがあって、そこに経済的な野心で乗っかる日本人がいたとしたら、これは非常にやっかいだろうなと感じる。

企業と手を組み、マクドナルドやコーラやハリウッドを輸出して、他国の文化に進出する彼の国を見ていると、さもありなん。コーポラティズムとは、国の政策に企業を乗っけるやり方だが、最近のソーシャルメディアなんかも、まさにそれでしょう。そういった風潮にのまれ、自分たちの市の名前を売ろうと考えている泉佐野市は、まさに愚の骨頂。

さて、そういった巧妙な征服もあるわけで、コーポラティズムに絡む格差問題、一極支配の弊害について書かれた最近のベストセラーに、「政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること 角川SSC新書」がある。
政府は必ず嘘をつく  アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること  角川SSC新書

政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること 角川SSC新書

  • 作者: 堤 未果
  • 出版社/メーカー: 角川マガジンズ(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2012/02/10
  • メディア: 新書


あるいは、教育的な側面で語られたものに、「23分間の奇跡 (集英社文庫)」がある。この本は、他国に侵略された国の学校に、征服した国から若くて魅力的な女性教師がやってきてからの23分間の物語。
この短時間で女性教師は、全てを変えてしまう。タイトルに“奇跡”とあるが、感動ものではないですよ。とても恐ろしい、侵略のお話。
23分間の奇跡 (集英社文庫)

23分間の奇跡 (集英社文庫)

  • 作者: ジェームズ・クラベル
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1988/07/20
  • メディア: 文庫


「夜の国のクーパー」でも、似たようなことが起こっている。
国民は騙され、いいように使われている。そして一部の権力者が、ずるい奴がのさばっている。そして、多くの人はそれに気づいていない。

伊坂さんの「魔王 (講談社文庫)」という小説のなかで、「権力者というのは、ずるい。みんなが気づかないうちに、自分に有利なようにルールを変えてしまう」的な事が書かれていた・・・と思う。

そう、権力者の多くはずるい。こっそりと、自分に都合よくルールを変える。征服されるということは、相手のルールに乗っからなければならないということだ。日本もそうじゃないか。自分達の国を規定する根本的なルールを、変えることができない。むしろ守ろうとしている。

征服者の意向次第で、我々はどうとでもなってしまう。


「夜の国の・・・」の登場人物、権力者の1人として、冠人という国王がでてくる。冠人と書いて、カントと読む。管直人の略か?と思ってしまうが、勘繰りすぎか。冠人は誠実で優秀な権力者かと思われていたが、実際はそうでもなかった。権力者のずるいところが、この冠人にも表れている。

国民は長らく騙され続けてきたのだ。
そして、危機は突然襲いかかってきた。

征服者の意向が変わったのだ。

征服されていた人々は、動揺し、恐れておびえ、やがて感情に流されて湧き上がり沸騰する。しかし、簡単に受け流されて主導権を取られてしまう。

果たして彼らは、無事に済むのだろうかー?


そういえば、最近面白いと思う連続ドラマで、「リーガルハイ」がある。
「リーガル・ハイ」公式BOOK 古美門研介 草創記62484-37 (ムック)

「リーガル・ハイ」公式BOOK 古美門研介 草創記62484-37 (ムック)

  • 作者: 著訳編者表示なし
  • 出版社/メーカー: 角川マガジンズ(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2012/05/30
  • メディア: ムック


リーガル・ハイ

リーガル・ハイ

  • 作者: 古沢 良太 (脚本)
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2012/06/26
  • メディア: 単行本


とってもハイテンションで負け知らずな弁護士が早口で奇妙に立ち回るドラマで、とても面白い。
このドラマの直近の話(6/12、第9話)で、堺雅人がふんする弁護士が、「慣れ合いという文化に毒された」善良な村人たちに、こんなセリフを言う。

「戦うということと、ズワイガニ喰い放題のバスツアーとの違いがわかっていない」

村人たちは、自分達の村にできた工場のせいで、公害被害にあっているかもしれない。そこで東京の優秀な弁護士を雇い、企業と戦おうと決意した。しかし、その決意はすぐにしおれてしまう。

この公害を垂れ流している企業と、美しい村に住めなくなるという設定、もしかして原発問題と原発マネーにずぶずぶにされた地元の村問を示している?とも思えてくるのだが、どうだろう。

ともかく、すぐになぁなぁで懐柔されそうになる村人たちに対して、この弁護士はこう言う。


「土を汚され、水を汚され、土地に住めなくなるかもしれない。」

「先人たちに申し訳ないとは、子子孫孫に恥ずかしいとは思わないのですか」

「誰にも責任を取らせず、見たくないものは見ず、みんな仲良しに暮らしていけば楽でしょう」

「しかし、もし誇りある生き方を取り戻したいのなら、見たくない現実を見なければならない、深い水を負う覚悟で前に進まなければならない、戦うということはそういうことだ、愚痴なら墓場で言えばいい」

「相手に一矢報い、意気地を見せつける方法は、奪われたものと踏みにじまれた尊厳にふさわしい対価を勝ちとるだけなんだ、それ以外にないんだ」

「敗戦のどん底からこの国の最繁栄期を築きあげたあなた方なら、その魂をきっとどこかに残している・・・」



ああ、ちょっと書きすぎたか。
私たちが自分達の尊厳を取り戻すためには、戦う覚悟が必要だ。
「しかし、もし誇りある生き方を取り戻したいのなら、見たくない現実を見なければならない、深い水を負う覚悟で前に進まなければならない、戦うということはそういうことだ、愚痴なら墓場で言えばいい」


多くの場合、立ち上がらず、我々は征服される。ずるい奴らに。

さて、「夜の国の・・・」からだいぶ脱線した気もするが、この本は戦争に関する話だ。色々なものが、その中で読みとれると思う。

個人的には、この本には、日本の敗戦以外にも、東北の歴史に関するものを感じるところがある。伊坂さんが東北仙台出身のため、私が勝手に結び付けているだけかもしれないが、かつて東北はとても恵まれた土地だった。自分達の文化があり、自然とともに過ごしてきた。しかし、そこに侵略の手が伸びる。蝦夷という不吉な名前を付けられ、北へ北へと追い込まれ、歴史の経過とともに征服されていく。

鉄国、ねぇ・・・。

ともかく、「夜の国のクーパー」、色々と考えさせられた。
また近いうちに再読してみたいと思う。きっとその時は、また別の読み方で楽しめるだろう。
夜の国のクーパー

夜の国のクーパー

  • 作者: 伊坂 幸太郎
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2012/05/30
  • メディア: 単行本



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夜の国のクーパーを読む② [読書]

前回に引き続き、伊坂幸太郎さんの新作長編「夜の国のクーパー」を読む。
夜の国のクーパー

夜の国のクーパー

  • 作者: 伊坂 幸太郎
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2012/05/30
  • メディア: 単行本


ようやく読了。

なるほど。

“私”やこの国の人間・ネコたちに関する仕掛けや、鉄国との関係については、だいたい半分くらい読んだところで気がついた。

アマゾンのレビュアーの評価が低めなのは、わからないでもない。
猫視点からの語りと会話が主体なので、物語の奥行きが浅く感じられ、やや物足りない。設定的に「
オーデュボンの祈り (新潮文庫)」と似ているところはあったが、同作に比べても、引き込む力、ストーリーの巧妙さが弱く感じる。

ではつまらなかったのかと言われると、けっしてそんなことはない。
そんなことはないが、この厚み(ページ数)と、伊坂幸太郎の作品という点で高まってしまう期待値に比較すると、物足りなく感じてしまうのだ。


しかしながら、私はこの本を積極的に読みとくことにした。
この「夜の国のクーパー」を、受け身で読むのではなく、私なりの視点で、私なりに本書の世界に手を伸ばしてみたい。

ということで、次回、この「夜の国のクーパー」の世界に、私なりに触れてみたいと思う。

夜の国のクーパー

夜の国のクーパー

  • 作者: 伊坂 幸太郎
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2012/05/30
  • メディア: 単行本



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